「こだわりの卵」

 

何十年も変わらないのは
その価格だけではない
巨人・大鵬・玉子焼き
いかに世の中が変化しようと
絶対に変わることの無い
普遍的な価値というもの
それがここにある

ロマノフ王朝の最盛期、19世紀から20世紀にかけ、当代最高の職人たちにより作成された 『インペリアル・イースター・エッグ』。 全部で何個作られ、誰が今どこに所有しているかはまったくの謎。 たまに世に出た一つがニューヨークの競売でいきなり10億円の値をつけ評判になったりする。 ロシア革命で王朝は姿を消したが、復活の象徴であるそのイースター・エッグたち。 世界のどこかで、ひっそりと復活の日を待っている。

食材としての卵の最大の魅力は、温度の変化でその風味が変わっていくこと。 生のままのなめらかな味わいが、加熱によりクリーミーで濃厚なものへと、無段階に変化していく。 低温から高温までのどこか、微妙な温度帯の、微妙な時間の加熱で、完璧な半熟の状態が得られる。 これを利用した料理は多い

朝食の名品 『エッグ・ベネディクト』。 ポーチト・エッグの中身はトロトロ、黄身そのものが最高のソースに。 これに卵黄とバターと白ワインのオランデーズソースをかけた、究極の朝食。 また、アジアの屋台で、肝炎のリスクとともに楽しめる 『オイスター・オムレツ』。 トロトロの半熟卵と牡蠣、シャンツァイとピーナッツ・オイルの強い香りの至高の一品。 そして我が国の誇る、白身トロトロ黄身しっとりの 『温泉たまご』。 生の状態よりはるかに風味が立った魔法の卵に、濃いカツオだしのアンをかけて。 いずれも、「生卵から固ゆで」の中間の、微妙な加熱エリアを、ピンポイントで狙ったスーパーショットなのだ。 この「こだわり」は、プロの技だ

こだわりといえば、朝食の卵には、人それぞれのこだわりがある。 若いジム君と、アメリカの田舎町を移動しながら何ヶ月か仕事で旅した時、毎朝彼は “two fried eggs turned-over”  “don’t cook it too much, make it as soft as possible, please” と注文するのだが、これが通じない。 アメリカ人なので言葉が通じないのではない。 コンセプトが通じないのだ。 彼が言っているのは、卵2つを目玉焼きにして、とちゅうでひっくり返して両面焼きにして、かつ中身が半熟の状態にしてくれ、ということ。 田舎のモーテルにそのような微妙さを求めるほうが間違っている。 思い通りのものが出てこないことに対する彼の呪詛の言葉で毎日の朝がはじまる。 「ってか、それって、そこまで言うほどのもん?」 とは思うのだが、こだわりとはそういうものだろう

カルボナーラには牛乳や生クリームを使うレシピもあるが、ここでは、より原型に近いものを。 卵黄を1人2個分大きめのボウルに溶きほぐし、ペコリーノ・ロマーノかパルミジャーノ・チーズをおろしたもの(1人大さじ3以上、かなり多量に)を加え、ブラックペッパーをやや多めに入れてよく混ぜたら、パスタをゆで始める。 パンチェッタ(またはベーコン)の厚切りを5ミリ角の棒状に切りフライパンで多めのEVオリーブオイルで色づくまで(4~5分)炒め、余分な脂は捨てる。 これにみじんに刻んだニンニクを多めに加え、軽く炒めたら、白ワインを1人半カップぐらい。 半分量になるまで水分を飛ばしたら火から外してさましておく。

一方、卵液のボウルにパスタのゆで汁お玉で1~2杯分を、ほんの少しずつ加えながら凝固しないようよく混ぜ、クリーム状にしておく(この間、火にはかけない)。 パスタがゆで上がったら、卵のボウルに移しすぐによく混ぜる(凝固しないよう) パンチェッタ(ベーコン)のフライパンの中身も全部ボウルに入れ、さらによく混ぜる。 もったりしていたら、ゆで汁で濃度を調整。 さらに前半で入れたと同量のおろしチーズを加えよく混ぜる。 味を見て足りなければ塩で調味。 全体にパスタとソースが混然一体となったら、強火の上で一瞬パスタに熱を戻し、皿に盛り付け、ブラックペッパーをもう一度、パルメジャーノのおろしたてとパセリのみじん切りをトッピングして完成。 余熱でパスタが劣化するので食卓へ急ぐ